帰りたくなる街

 毎週火曜日のバイトに行ったら、休みだった。祝日だということをてっきり忘れていて、行ってみたら建物が丸ごと閉まっていた。せっかくだから、近くの琵琶湖岸を歩いてみた。

 

 僕は大学に入ってから留学に行くまでの3年半、琵琶湖沿いにある大学の寮に住んでいた。毎日学校に行くたびに、琵琶湖の真横を通っていたので、琵琶湖沿いの景色の思い入れは深い。琵琶湖は季節によっても、日によっても全く違う景色を見せるので、何度見てもその風景は飽きない。

 

 この日は空気が澄んでいて、30km先にある対岸まではっきり見渡すことができた。景色を見ながら、彦根が僕にとってどんな街になったのかぼんやりと考えていた。
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 入学当初、彦根が嫌でしょうがなかったのを今でもよく覚えている。僕はどうしても東京の大学に行きたかったので、滋賀大に合格して、彦根に住むことになったのは、本当に苦痛だった。入学してから、1年近くその気持ちは変わらなかった。何度も夜行バスに乗って東京に遊びに行っていた。

 

 大きなターニングポイントになったのは、オランダに留学して、その期間にたくさんの街を自分の目で見て、歩いたことだと思う。新しい切り口でヨーロッパの街を見て、自分の好みが変わっていくのに気がついた。僕はたくさんのものがある場所よりも人の繋がりがある場所を好むようになった。

 

帰国して半年くらいは、嵐のような忙しさでじっくりと考える暇はなかった。それが過ぎると、ふと一人になった。同級生のほとんどが卒業して、一緒にゼミ活動をしていた一個下の学年の友だちも、ほとんどが下宿をやめて、地元から通うようになったからだ。

 

 彦根は乾いて見えた。静かで、ゆっくりと時間が流れているのは、僕の好みだけど、前と比べてぐっと惹かれるような何かがないように見えた。授業も友だちも無くなったマーストリヒトでの空っぽの最後の1ヶ月間のすごく似た感覚だった。

 

結局僕は、彦根という街そのものに愛着は持っていないのかもしれない。あるとすれば、彦根で過ごした時間であり、その間会った人であり、そこにあった「風」なのかもしれない。その風は形もなければ、色もない。ほかっておけば、すぐ消えてしまうようなものだ。

 

 彦根で過ごした時間は僕の大切な宝物になった。彦根にくる前と今で僕の中に変わったものがあるとすれば、そこにあった風を捕まえたことだと思う。僕らは年をとって、自分の持ちものが増えるほど、形のない物の大切さを忘れてしまうかもしれない。人生の節目節目に、遠くにある彦根に思いを馳せて、思い出したいと思う。

「本当に大切なものは、目に見えない。心の目で見るんだよ。」