卒論体験記No.16 2018-2020

 待ち合わせ場所 グランプラス

 ブリュッセルにあるグランプラス広場は、世界一美しい広場と呼ばれているらしい。こういう気障な言い方をしているのは、オランダ留学時代に何回もこの広場を友だちと待ち合わせ場所に使っていたからである。ほぼ毎月ブリュッセルには行っていたし、その度にこの広場に来ていた。

 

 僕の留学時代の友だちの一人がブリュッセルに住んでいて、彼女がベルギーに帰ってから(どんだけ近距離の留学なんだという感じはするが。)よくグランプラスで会っていた。僕らは仲がよくて、なんでも話すけど、因縁の相手でもある。2月に会った時は、真冬のグランプラスで夜2時間外で話した。次の日、インフルエンザにかかった。3月にロンドンに行く途中に会った時は、真っ昼間に2時間外で待たされて(途中で隣のおじさんが暇だろうからと言って、チョコレートをくれた。めっちゃうれしかったけど、チョコをくれても、退屈なものは退屈である。)、ロンドンに着いてから熱中症になり、ぐったりしていた。日本に帰る寸前、予定を直前で変更されて、めちゃくちゃな激しい口喧嘩(ヨーロッパ人との喧嘩はもはや応酬(欧州)である。なんちって。)になった。異文化は難しいなと思いながら、毎回言いたいことを全部ストレートにぶつける。それでもお互い何となく、会いたいなと思うから不思議なものだ。

 

 

なぜそんなプラベートなことを卒論体験記に書いたかというと、僕がオランダで会った友だちから多大な影響を受けたからである。僕の常識をひっくり返すような話を何度ももらって、卒論の最初の問いが形作られていった。日本の言うまでもない常識を、不思議がって言ってきて、その度に僕は深く考えさせられた。彼らのマインドは、自分の人生に対する当事者意識が日本とは全く違うのだ。自分の人生は自分でデザインするもの、また自分らしい人生を生きるための選択をする。彼らの根底に流れる考え、そこから発せられた、彼らにとっては「だから何レベル」の何気ない一言が、僕の凝り固まった考えを何度も揺さぶった。どんどん僕の中にあった不必要な「べき論」が剥がれ落ちていった。だから僕にとってオランダに留学した1年は宝物だし、今でも自分らしく生きるための勇気を支えているのだ。彼らとの出会いは僕の卒論を語る上で欠かせない。

 

長くなった。初日今井さんに会った後、僕はそのブリュッセルの友人に会った。リサーチトリップで来たことを伝えると、とても興味を持ってくれた。会えたのは短時間だったけど、お互いの近況をアップデートできた。大学院で新たな分野を勉強しているらしかった。挑戦し続ける友だちが、まわりにいるというのは本当にいい。

 

よく考えてみれば、僕にとってブリュッセルはターニングポイントになった場所である。それまで、国際機関で働きたいと思って、留学中ブリュッセルにあるEU本部を何度も訪れた。留学が終わる時、見納めだと思って、EU本部を訪れた。最後に行った時はビジネスの道に進むと決めていたので、何か遠く感じたのを覚えている。

 

ブリュッセルに来る時、僕はいつもパリに思いをはせていた。パリはブリュッセルからバスで5時間。ただその5時間が遠く、僕は留学の終わりまでパリには行かなかった。何か遠くのものを感じるために、ブリュッセルを訪れていたところもあったかもしれない。留学中最後の旅でついにパリも訪れてしまった。ブリュッセルは小さな街で、半日もあれば街の全体が見られる。友だちに会い、ブリュッセルは空っぽに見えた。

 

僕はブリュッセルを1日で後にして、オランダのロッテルダムを目指した。ここから1週間、オランダを周りながら、友だちの人生観にじっくり触れようと思った。